2014年7月29日 (火)

【お知らせ】新ブログへ移転します。【角田晶生】

(角田晶生 つのだあきお)

 平成22年3月、海上自衛隊の任期満了以来、ずっと続けて来た政治活動の記録として、同年11月から約3年半にわたって書き続けて来たブログですが、この度移転致します。

 これまで複数個所で書いていたブログを統合し、「角田晶生」の活動として集約していく方針です。


【新ブログ】

鎌倉を愛し、日本を守る。元海上自衛官 角田晶生(つのだ あきお)
http://tsunoda-akio.jugem.jp/


 このブログは、過去の記録として残しておき、今後の参考に活用していきたいと考えています。

 また、これまでTwitterやFacebook、SNSなどあれこれと試行錯誤してきましたが、同志より「コンセプトを統一していくべき」という助言を頂いたこともあり、今後はより効果的なインターネット活用を考えて参ります。


平成26年7月吉日
角田晶生(つのだ あきお)

2014年7月28日 (月)

【備えよ、常に】隊友会が鎌倉市と防災協定締結へ調整中。【角田晶生】

(角田晶生 つのだあきお・隊友会 会員)

 現役自衛官はもちろん、自衛隊OBや予備自衛官や父兄、自衛隊支持者によって構成されている隊友会(たいゆうかい)という団体があります。

 元々「お国のために」ご奉公したいと志願した人々ですから、退官後もその意欲が盛んな方もたくさんいらっしゃいます。

 そんな同志たちに応えるべく、平成25年2月、隊友会が横須賀市と防災協定を締結したのを皮切りに、10月には葉山町とも締結、現在は鎌倉市とも締結に向けた調整中であるとの報に接しました。

※参考:「公益社団法人 隊友会 横須賀支部だより37号」平成26年7月20日発行
    1面 小田倉光伸 支部長挨拶-年度報告-より。

「大規模災害時等における隊友会の支援協力に関する協定」締結式について(2013年1月28日)/横須賀市
http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/2005/nagekomi/20130128.html

「隊友」第722号(平成26年6月15日)1面
http://www.taiyukai.or.jp/2014_0615-1.pdf

 隊友会と防災協定を締結している自治体は全国で20道府県77市町(平成26年6月15日時点)、災害時のみならず、有事に対する国民意識の高まりを実感します。

 鎌倉市の英断が待たれる中、一会員として、そして予備自衛官として、お役に立つべく今後とも精進して参ります。

2014年7月27日 (日)

【思い出話】私が祖国に「かぶれた」理由。【角田晶生】

(角田晶生 つのだあきお・笹竜党 代表)

 古都・鎌倉に生まれ育ち、日本をこよなく愛してやまないと自負する角田晶生ですが、ある人からこんなことを言われました。

「何だか角田君って、日本かぶれの外国人みたい(大意)」

 なるほど。確かに、そうかも知れません。

 物心ついてよりこのかた、ずっと「日本に飢えてきた」自覚があります。

 世界の国々を見ると、どこの国でも自分たちの伝統や文化をとても大切にしています。

 でも、私たちの祖国・日本はどうでしょうか。

 何かとつけて「世界では~」「欧米では~」「国際化を~」などと、自分たちの伝統や文化を、何か遅れているもの、恥ずかしいものとでも言わんばかりに否定し、かなぐり捨ててきたように思われてなりません。

 そういう風潮を、子供心に何か恐ろしく、取り返しのつかないものに感じたのが、いわゆる「日本かぶれ(苦笑)」のキッカケだったと憶えています。

 何よりも、自分自身が「自分の祖国・故郷を知らない」ことが、恥ずかしく思われたのでした。

 それから20数年間、拙いなりに勉強してきたつもりです。

 国際化社会だからこそ、私たちは自分の祖国を、故郷をよく学ぶ必要があると考えます。

 それこそ、いくら英語をマスターしたところで、自分に語れる内容がなければ、何も話すことはできないのです。

 なんせ2674年の歴史と伝統を有する我が国ですから、学ぶこと、語れることは限(キリ)なくあります。

 自分の祖国を、故郷を正しく学ぶことこそ、誇りを取り戻す第一歩と心得ます。

2014年7月26日 (土)

【高校時代の思い出】平成8年・鎌倉市長と話す会。【角田晶生】

市長と話す会(平成8年7月22日)
市長と話す会(平成8年7月22日) posted by (C)角田晶生

※マークで示した、左列奥から二番目の、頭の突き出た生徒が角田晶生。

(角田晶生 つのだあきお・笹竜党 代表)

 時は遡ること平成8年7月22日(月)、鎌倉市役所全員協議会室にて、鎌倉市内の公立高校生19名(10校)が、竹内謙市長(当時)と懇談の機会を頂きました。

 ことのキッカケは、担任のM先生(大船工業技術高校機械科・当時)からの呼びかけでした。

【回想はじめ】
M先生「なぁ角田、鎌倉市長に会わないか?」
角田「別にいいですけど、タケ坊(市長のあだ名)が何か用ですか?」
M先生「いや、用事とかじゃなくて、『市長と話す会』というのがあってだな……(以下説明」
角田「まぁいいや。どうせヒマだし、冥土の土産に市長の顔でも拝んで来ますか」
M先生「悪いなぁ」
(以下略)
【回想おわり】

 聞くところによると、市長が毎年小・中・高と順番で青少年と懇談しているらしく、平成8年は高校生の番ということで、他の先生から
「じゃあ、1組(※)の角田でいいんじゃないか?あれは真面目だし(大意。M先生からの伝聞による)」
というおススメによって、白羽の矢が立ったと言う次第でした。
(※)一学年に機械科が2学級、電気科は1学級だったため、「~組」で呼ぶのは必ず機械科の生徒でした。

 当時、竹内市長と言えば、近所あちこちにポスターが貼ってあって、「コイツは当選しそうだな」と思っていたら、その通り当選したのでした。

 ともあれ、当日約束通りに会ってみたのですが、
「ポスターと全然違うじゃないか」
というのが第一印象でした。

 当時は写真の加工修整という発想がなかったので、とても写真映りがいいのかと思っていました。

 そんな余談はともあれ、竹内市長との懇談は2時間ほどにわたり、自分はこんな話をした記憶があります。

その一「市長はこの任期中、どんな仕事をして来た(実績を上げた)のか(要約)」
※これは単に「市長の仕事」についての質問と勘違いされたのか、竹内市長から「そんな事は教科書に書いてある」とばっさりでした。
 当然、あまり下らない質問と見なされ、記録にも残っていません。

その二「鎌倉を文化都市にしたい。そのために、玉縄城跡などの史跡を復元して欲しい(要約)」
※こちらは一定の評価がされたようで、記録が残っていました。
 自分の発言を読み返してみると、いささか粗雑ながら、古都・鎌倉への想いは昔から変わっていないことを感じられます。


 ところで、どうしてこんな話を今さら蒸し返したのかと言いますと、先日、中央図書館の郷土資料コーナーに、「市長と話す会」などの書類がファイルにまとめられているのを見て、これはもしや「自分の発言も残っているかも」と思いつき、司書さんにお手数を願って探し出したのでした。
※でなけりゃ、日時までいちいち覚えていられません(苦笑)
※記録がつけられていた事自体は、当時鎌倉市シニアリーダーズクラブ(現:鎌倉市ジュニアリーダーズクラブ)の担当職員から教えてもらっていました。


【参考資料】
鎌倉市市長室「鎌倉市の広聴活動(平成8年度) 8.4.1~9.3.31」平成9年11月発行より

市長室「鎌倉市の広聴活動(平成8年度)」
市長室「鎌倉市の広聴活動(平成8年度)」 posted by (C)角田晶生


【追記】
 ちなみに、竹内元市長は平成26年4月2日に73歳で亡くなられています。短い間ではありましたが、お世話になりました。今さらながら、記事を載せておきます。

【訃報】記者クラブ開放の先駆者 竹内謙・元鎌倉市長死去
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140406-00010000-noborder-soci
竹内謙さん死去 元鎌倉市長、「インターネット報道協会」生みの親
http://www.j-cast.com/2014/04/03201074.html

2014年7月25日 (金)

(仮称)山崎台峯緑地実施設計案の市民説明会。【角田晶生】

(仮称)山崎・台峯緑地実施設計案市民説明会
(仮称)山崎・台峯緑地実施設計案市民説明会 posted by (C)角田晶生

(角田晶生 つのだあきお・笹竜党 代表)

 平成26年7月25日(金)、鎌倉市役所講堂にて実施された(仮称)山崎台峯緑地実施設計案の市民説明会に出席、市民23名が都市整備部 公園課による説明を受けました。

鎌倉市/(仮称)山崎・台峯緑地実施設計(案)の説明会の開催について
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/koen/daimine-jishisekei-soan.html

 平成29年に都市計画決定される予定の本設計に対しては市民より多くの意見(260件)が寄せられ、そのほとんどが
「工事は最小限に留め、コストのかからないものを」
「自然環境や生態系に対する影響を最小限に抑えて欲しい」
というもので、あまり市民のニーズが高くなく、むしろ自然環境・財政難の面から控えて欲しい思いが察せられます。

 説明は施設(遊歩道やフェンス、用具庫や管理棟など)の設計や使用素材、土地改良の手法や管理運営体制について説明されましたが、参加者からは
「現地をそぐわない植生計画を検討し直すべき」
「過剰なサイン(誘導標識)は必要ない」
など、多くの疑義・問題点が提起されました。

 そんな中、自分は緑地の管理運営体制について、
「市と指定管理者の役割区分が明確ではなく、必要性が乏しい。市職員では管理出来ないか(指定管理者を置く必要がないのではないか)」
という意見をしましたが、市からは
「市で出来ない作業(例:高木の剪定など危険作業)をお願いすることにしている。また、業務内容については協議の上で具体的に区分していく」
旨の回答がありました。

 しかし、そうしたイレギュラーな役割であれば常任の指定管理者ではなく、必要に応じて業務を発注した方が、コストパフォーマンスが高いと思われます。

 あるいは今回の緑地整備を、隣接する鎌倉中央公園の拡大としてとらえ、同公園の指定管理者(現:公益財団法人鎌倉市公園協会)に一括管理をお願いするのはいかがかとも考えます。

 自然環境を守るため、山林のこまめな手入れは必要であると考えますが、必要以上に人を入れる(入りやすくする)ことには懸念が残ります。

夜の市役所(7月25日)
夜の市役所(7月25日) posted by (C)角田晶生

【傍聴】第59回 鎌倉市緑政審議会。【角田晶生】

鎌倉市緑政審議会(7月25日)
鎌倉市緑政審議会(7月25日) posted by (C)角田晶生

(角田晶生 つのだあきお・笹竜党 代表)

平成26年7月25日(金)、鎌倉市役所全員協議会室にて実施されあ第59回(平成26年度第1回)鎌倉市緑政審議会に出席(委員9名、事務局14名、傍聴2名)、審議の様子を傍聴させて頂きました。

今回は開始に先立って委員の委嘱式が行われ、私たち傍聴者の立ち会いはなりませんでしたが、どうか鎌倉の緑を守るべく、お知恵を賜りたいものです。

傍聴の範囲は報告2件、平成25年度緑政実積(鎌倉市緑の基本計画の推進状況)と、緑の基本計画見直しの検討について、事務局より説明がなされました。

平成25年度緑政実積については、世界遺産登録に向けたコンセプトが外され、緑地保全について市民との連携やインターネットを活用した情報提供の充実、市内の公園整備や用地取得について報告され、委員からは
「(報告資料が)行政目線でしか書かれていない。行政と市民が意識を共有できるような働きかけを(大意)」
などの意見が述べられました。

また、緑の基本計画見直しの検討については、緑地保全が鎌倉市の重点事業から外され、「プライオリティ(優先順位)が低下」している関係から予算が削減されていること、地域主権改革に伴う緑地の買い入れ事務が県から市に移管されたことによる負担増で、財政難にあることが報告され、委員からは
「予算がとれないイコール、プライオリティの低下ではなく、予算がなくても出来ることはある。緑地保全の扱いを軽くすべきではない(大意)」
などの意見が述べられました。

こんなところに、行き過ぎた地域分権の弊害が現れています。

※参考:
”地域主権”で豊かな財源?【鎌倉笹竜党・角田晶生】
http://shinpu-nishitokyo.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-4442.html


次回審議会の日程は未定、また時間を作って傍聴させて頂きたいと考えています。

鎌倉市/鎌倉市緑政審議会
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/midori/singikai_top.html

2014年7月24日 (木)

7月24日(木)大船駅にて朝駆け。【鎌倉笹竜党・角田晶生】

7月24日(木)大船駅朝駆け(角田晶生)
7月24日(木)大船駅朝駆け(角田晶生) posted by (C)角田晶生

(角田晶生 つのだあきお・笹竜党 代表)

 平成26年7月24日(木)、大船駅モノレール口にて笹竜党(ささりんどう)の朝駆けを実施、応援に駆けつけて下さったHTさんと一緒にチラシ(討議資料)配布に勤しみました。

「おはようございます!
 鎌倉笹竜党、角田晶生と申します。
 生まれも育ちも鎌倉で、元気いっぱい33歳。
 ただいま教育再生に挑戦中です。
 どうかよろしくお願いいたします!」

「おはようございます!
 地元大船出身の、角田晶生と申します。
 蒸し暑い日が続きますが、どうか皆様におかれましても
 元気で明るくお過ごし頂けましたら幸いです。
 どうかよろしくお願いいたします!」

 当日はどんよりと蒸し暑い陽気で、道行く人々の視線も気だるくうつむきがちな印象を受けましたが、こういう時こそ元気を振り起こすのが大人の役割。

 いつものように元気で楽しくやっていると、少しずつ反応も明るくなって来ます。こうなるとチラシ配りの本領です。

「お疲れ様」「頑張ってね」「努力が報われるといいね」

 用意したチラシもすべて捌け切り、今回の朝駆けも恙無く終えることが出来ました。

ありがたい応援(7月24日、大船駅)
ありがたい応援(7月24日、大船駅) posted by (C)角田晶生

地元大船・角田晶生(7月24日)
地元大船・角田晶生(7月24日) posted by (C)角田晶生

2014年7月23日 (水)

【鎌倉市】本当に必要?川喜多映画記念館。【角田晶生】

(角田晶生 つのだあきお・笹竜党 代表)

 広報かまくら第1235号(平成26年7月15日)にて、川喜多映画記念館(鎌倉市雪ノ下2-2-12)の指定管理者募集が行われていますが、この事業が本当に鎌倉市として継続に値するのか、疑問がもたれています。

 現在、指定管理者には川喜多文化財団が指定されていますが、その指定基準には川喜多文化財団以外は指定され得ないような

「カ 川喜多長政及びかしこ夫妻の業績を後世に伝えるとともに、本市における映画文化の発展に資するための施設としての役割を適切に担えること。」

という項目があり、実質的に川喜多文化財団の独占状態となっているようです。

鎌倉市/川喜多映画記念館の指定管理者の募集について
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/b-shisetsu/kawakitabosyu.html

 また、過去の経営状況を見ると、5年間で利用者が1/3に減少(平成22年度120名/日 ⇒ 平成26年度40名/日 ※入場料売上予算)しているにも関わらず、鎌倉市から支給されている事業費はほとんど変わっていません(平成26年度事業費3,721.1万円を計上)。

 併せて企画展示の増強など経営改善の努力も十分とは言えず、入場者の10%以上(月別実績)に対して入場料を無料とするなど、「親方笹竜胆(※鎌倉市のマーク)」の感覚による明らかなコスト意識の欠落が見られます。

 これは市の指定基準(前掲)である

「オ 指定管理業務が効果的かつ効率的に行われ、経費の縮減が図られること。」

という条件を満たしていないのではないでしょうか。

 鎌倉市の映画文化振興が不必要であるとは言いませんが、大幅な経営改善が求められるのは言うまでもありません。

 川喜多文化財団がこのままの経営姿勢を続けるのであれば、鎌倉市は当事業を今年度限りで打ち切り、記念館は川喜多文化財団に売却するか、他目的の施設として転用を検討すべきと考えます。

公益財団法人川喜多記念映画文化財団
http://www.kawakita-film.or.jp/

※参考:鎌倉おやじ様のブログ。こちらで詳しく説明されています。
川喜多映画記念館指定管理者募集
http://politics-kamakura.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-6699.html

2014年7月22日 (火)

【吃驚!】私たちの知らない間に?鎌倉の姉妹都市について。【角田晶生】

(角田晶生 つのだあきお・笹竜党 代表)

 鎌倉市の姉妹都市は4市なのか5市なのか?敦煌市(中国)は友好都市ではないのか?

 そんな疑問を解消するべく、鎌倉市役所(秘書広報課)にお尋ねしましたところ、以下のような回答を頂きました。

「鎌倉市としては姉妹都市として認識しているが、中国には『姉妹都市』という概念がなく、敦煌市ではあくまでも『友好都市』として認識している(要約)」

 よって、鎌倉市の姉妹都市は国内3市(山口県萩市、長野県上田市、栃木県足利市)、国外2市(フランス・ニース市、中国・敦煌市)の計5市というのが公式見解となりますが、どうも腑に落ちないものがあります。

 鎌倉市と敦煌市の都市提携は、そもそも敦煌市が申し出て来たことであり、敦煌市としてはあくまでも「友好都市」であることを望み、鎌倉市はそれを受けたのですから、両市の関係は「友好都市」であるべきです。

 それを、先方は「友好都市」のつもりでいるけど、こっちでは「姉妹都市」として処理してしまえ、という態度は、相手に対して誠意を欠くものではないでしょうか。

 姉妹都市と友好都市、どちらの方が新密度が高いのか、そして待遇?に差があるのかは存じませんが、筋は筋として通すことこそ真の友好関係であると考えます。

※ちなみに、敦煌市のホームページを拝見しましたが、鎌倉市との都市提携については何の言及も見受けられませんでした(私の探し方が悪かったのかも知れませんが……)。

中国敦煌・敦煌市人民政府
http://www.dunhuang.gov.cn/


 また、私たち市民に対しては「敦煌市と友好都市提携を結びました」と言いながら、実は姉妹都市として提携していたことに、強い疑念を禁じ得ません。

 自分たちが姉妹都市だと認識しているのであれば、最初から姉妹都市と明言・明記すればすむものを、わざわざ「向こうの表記」を使って市民の混乱を招く意図は何なのでしょうか。

 鎌倉・敦煌の両市民に対して、誠意ある対応が望まれます。


※参考:

鎌倉市の姉妹都市は4市?5市?【角田晶生】
http://shinpu-nishitokyo.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/45-ad82.html

鎌倉市/姉妹都市(都市提携)
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/hisyo/shimai.html

2014年7月21日 (月)

鎌倉市の姉妹都市は4市?5市?【角田晶生】

(角田晶生 つのだあきお・笹竜党 代表)

 先日、駅前で配られていた市議会議員のチラシ(討議資料)に、こんな記述(大意)がありました。

「知っていますか?鎌倉の姉妹都市
 フランス・ニース市
 山口県・萩市
 長野県・上田市
 栃木県・足利市
 中国・敦煌市」
※文言は記憶によります(大意)。

 あれ?

 いつから敦煌が姉妹都市になったのでしょうか。

 私の記憶が確かならば、敦煌は友好都市だった筈ですが……
 
 気になったので、調べてみました。

鎌倉市/姉妹都市(都市提携)
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/hisyo/shimai.html


◇フランス・ニース市(昭和41・1966年11月9日に姉妹都市提携)
※提携理由(大意):
 歴史的遺産を持つ風光明媚な観光都市という共通点により

◇山口県・萩市(昭和54・1979年11月2日に姉妹都市提携)
※提携理由(大意):
 歴史の街・観光地として鎌倉と似ているため

◇長野県・上田市(昭和54・1979年11月5日に姉妹都市提携)
※提携理由(大意):
 市内の塩田平が「信州の鎌倉」と呼ばれているため

◇栃木県・足利市(昭和57・1982年4月26日に姉妹都市提携)
※提携理由(大意):
 足利氏は清和源氏であり、古くから鎌倉と縁があるため


◇中国・敦煌市(平成10・1998年9月28日に『友好都市』提携)
※提携理由(大意):
 先方より申し出。歴史的・文化的な共通点により


 市のホームページを読むと、
「友好都市提携を結びました」
という記述と、
「フランス・ニース市、中華人民共和国・敦煌市の海外2市と姉妹都市提携を結び」
という、それぞれ異なる記述が同時になされています。

 この両者に辻褄を合せるのであれば、まず平成10年に友好都市提携を結んだ後、改めて姉妹都市提携を結ぶ必要がありますが、そのような事実は寡聞にして存じません。

 姉妹都市と友好都市、明確な違いは判然としないものの、現に区別されている以上、その境界は厳とすべきです。

 もしも市民の知らないところで都市提携が進められているとしたら、こんな不気味な話はありません。

 この事実関係について、担当部署に確認してみようと思います。


【参考】
 ちなみに、都市提携としては他に以下の2都市があります。

◇ドイツ・ワイマール市(平成13年4月23日に市民親善都市提携)
※提携理由(大意):
 市民レベルでの交流促進のため

◇韓国・安東市(平成25年7月23日にパートナーシティー提携)
※提携理由(大意):
 仮面を使った伝統芸能ほか、歴史・文化的共通点により


鎌倉市/新しい都市提携の手法「鎌倉市パートナーシティ制度」を制定
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/hisyo/pc.html

【パートナーシティ反対!】鎌倉市に意見書を送付。【笹竜党・角田晶生】
http://shinpu-nishitokyo.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-d122.html

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